日本の勝利と賀川さんの引き出し
なんども書いているので、またかと思われたらごめんなさいなのですが、サッカーの代表戦というのは国と国との戦いという側面(意識)が強く、日本では1998年、2002年のワールドカップあたりからそのような意識が定着してきつつあり、たとえば渋谷の交差点で行き交う人とハイファイブができてしまうのも、「全国民の喜び」であり、サッカーの勝利=日本の勝利という同一感が強いから、と常々感じています。
他のスポーツでは代表の勝利=国の勝利という意識はサッカーほどではなく、野球やバレーボールなどにしてもやはりひとつの競技の代表チームと捉えられているように思います。
今回のオリンピックでも福見ははじめとする柔道での苦戦や、体操での個人・団体の活躍などを見ながら、思い入れを持って選手たちを応援しているわけですが、彼らの勝利は、やはり個人や「日本柔道の苦戦」、「日本体操の勝利」であって、日本の勝利ではないと感じています。
ではオリンピックにおけるサッカーはどうなのか。
ワールドカップやアジアカップでのチームと国の同一感と比べるとやはり「なでしこ」や「U-23代表」を応援していて、イコール日本ではないような気がしています。渋谷ではハイファイブがあったみたいですが。。
今回のオリンピックでの身近な驚きは、賀川さんが試合翌日に必ずブログを更新してくれること。それもかなりのボリュームです!
賀川さんのサッカー話の引き出しの中では、「1968年の銅メダル」「釜本邦茂」が大きな価値を占めているのですが、「ロンドンでの○メダル」はどのあたりの引き出しに位置づけられるのか。あと2試合、楽しみにしたいと思います。
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