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2005年10月

元社員の結婚式

2005/10/31(月)

週末に、我が社の元社員である田尻の結婚式に行ってきました。

田尻は、偶然ぼくが以前に勤務していた某最大手生保から、
クラブハウスに転職してきて、
その後、calcio2002、toto ONEなどでおなじみのフロムワンに
籍を移し、活躍中です。

仕事できるし、サッカーうまいし、男前。

というのが、ぼくが田尻を紹介するときの
決まり文句ですが、単なる才能の人ではなく、
奥さんになった亜希子さんの言葉を借りれば、
「自分に厳しい」人です。

ただ、自分に厳しいだけでなく、
人と何かをするために、自分に厳しくなれる人。

一緒に仕事していた時の一番の思い出は、
田尻が直接関わっていなかった、
あるキビシーいクライアントとの打ち合わせの時のこと。
「こんな書類ではあかん」
と一蹴されて、ちょっと無理っぽいかなと思いつつ、
「明日の朝までに再提出します」
ということになったのですが、その帰り道で、
「本多さん、この資料に専念してください。
今日、本多さんが他にやることあれば、ぼくがやります」
と田尻が言ってくれたことでした。
その資料は、ぼくが直接まとめるしかないものだったので、
田尻は自分にできることがあれば、ということで
サポートしてくれたわけですが、
今思い出しても、グッと胸が熱くなる瞬間でした。

式の最後に新婦に、
「田尻をずっと応援してやってね」
と言うと、彼女は無言で、力強くうなずいてくれました。

いい結婚式でした。

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のこしたいこと。つたえたいこと。

2005/10/29(土)

前回に引き続き、日独サッカー交流展

賀川さんと出会い、
「この話はオレだけが聞いててもあかん。
ひろく発信し、残していきたい」というのが
ぼくが会社を立ち上げたキッカケでした。

弟(偶然に賀川さんの高校の後輩)と一緒に賀川さんの家に行った帰りに、
賀川さんの話に感動した弟が、

「アニキ、ちゃんとメモしたり、テープに録るとかして、残しとかなあかんで」

ってやけに熱く言われたことを思い出します。

そして、その自分の気持ちを、もう一度根っこから
見直してみて、会社の基本理念としたのが、

「スポーツの感動をつくり、育てていく」

です。

そんな会社なので、
クラマーさんと賀川さんを中心に、3回開催されるシンポジウムは、
クラブハウスという会社にとっては
会社の存在意義を再確認できる場のような気がしています。

ぼく自身が、楽しみで、まるで、
世界陸上の織田裕二みたいな気分です。

これは、すごいです!
ぜったい、見ないと損します!!!

と。

またまた前書きだけで長くなってしまいました。

具体的な内容は、明日以降に。。

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日独サッカー交流展

2005/10/26(水)

日本サッカーが現在のように盛んになるまでには、多くの先人の努力の積み重ねがあったことはいうまでもないが、世界のスポーツであるこの競技では、サッカー先進国との交流から得たものは少なくない。なかでもドイツからは、両国の長い文化交流のなかで、さまざまな恩恵を受けた。(以下略)

というのが、賀川さんが「日独サッカー交流展」に寄せてくれたコメントでした。
古くからのサッカー関係者にとっては、ドイツから学んできたということはごく当たり前のことのように感じられます。
小・中学生のころのぼくのスターは、ベッケンバウアーで、
土曜日のダイヤモンド・サッカーで見る一番強いチームはバイエルン・ミュンヘン。
ぼくの母の一番好きな選手といえば、KH・ルンメニゲです。
クラマーさんのことは、話に聞いたり、読んだりするだけでしたが、
「日本サッカーの父」と呼ぶことに、誰も反論する人はいません。

東京オリンピックの後、クラマーさんが残した4つの提言は
まさに、今の日本のサッカーの基盤となるものです。

(1)日本代表は毎年1回、欧州遠征すること。
(2)良いコーチを育成することと、その組織づくり。
(3)トップリーグをつくること。
(4)芝のグラウンドを確保すること。

これほど的確な提言はないと思わせる4項目ですが、
40年前のドイツでは当然のことだったのか、
それともクラマーさんのオリジナルなのか、
今回、聞いてみたい質問のひとつです。

しかし、東京オリンピックが1964年で、
翌年に生まれたぼくでさえ、もう40歳ですから、
クラマーさんは一般のサッカーファンにとっては

「歴史上の人物」であり、

メキシコ五輪での銅メダルや釜本さんの得点王は

「歴史上の事実」です。

温故知新、歴史から学ぶということの大切さを持ち出すまでもなく、
日本サッカーの今後の発展のためにも、クラマーさんと、
その同時代に奔走し、その後の日本サッカーを築いた先輩たちから、
どうやって、日本が銅メダルを獲得し、カマモトという日本最高の
ストライカーが生まれたのか、
その後の発展への着想はどのように形作られたのか、
を知ることは大切なことだと思います。

今回は、その「歴史」をライブで学べる大チャンスです。

日程、会場などは、公式サイトで、明日発表。

このブログでも明日から、見所、聞き所をプレビューしていきます。

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価値ある存在

2005/10/24(月)

土曜日は、サッカーのあと六甲の同級生の4人と飲みに行きました。
新美、福田とはサッカーなどで最近も会ってますが、
茶谷、泉とは、高校卒業以来に会いました。なんと22年ぶりです。
5人のうち、大学を出てからずっと同じ会社に勤めているのは
新美だけ。

「テストで学年186番になって、もうひとり下がいると
思ってたら、もう一人186番がいることがわかってショックやった」

という新美が、いまでは唯一大企業で活躍しているわけで、
人生というのはわからんもんです。

オーストラリア在住の茶谷がサーフィンをやっていて、
そういえば、キアヌ・リーブス主演の
「ハートブルー」(原題:POINT BREAK)って映画見て、
サーフィンとスカイダイビングやりたくなったことがあったな、
って思い出しました。

ちょうど、映画の仕事をしている時に公開されていて、
日本のビクターの資本でつくられた作品ということと
当時企画していた、「ジンギスカン」の主演にアジア系の
キアヌがいいんじゃないか、ということで観たのですが、
これは、いい映画でした。サーフィンと、女性監督が描く男同士の
友情(お互いの尊敬)がよかったです。

日曜の朝は、ケーブルテレビで偶然にキアヌの
「陽だまりのグラウンド」(原題は「HARDBALL」)を観ました。

キアヌって、こういうB級っぽい、いまいちな作品も多いな

と思いながら観ていたのですが、後半のキアヌの台詞が
よかったです。

「ぼくを、その瞬間だけ、価値ある存在にしてくれた。」

というような台詞でしたが、妙に心に残る一言でした。
英語ではなんて言ってたんやろか?
ちょっと気になっています。

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三校対抗サッカー

2005/10/22(土)

母校の六甲高校はカトリック系イエスズ会の運営する学校で、
鎌倉の栄光学園、広島の広島学院が姉妹校です。
この3校のサッカー部OBで「JJHAF杯三校対抗サッカー大会」なる対抗戦を
開催しています。OB 会(六蹴会といいます)を仕切ってくれている湯川先輩ほかみなさんのおかげで、もう10年以上続いていて、今年も神戸を会場に、無事開催されました。

20代がゴールすると2点、50代がゴールすると5点ということで、
年配者が優遇される、なかなか面白いルールになっています。

初戦の広学戦は泥さんの4ポイントゴールで先制し、快勝!
今年の栄光は、ほとんどが20代という若手中心のチームで
2戦目で広学に圧勝です。
優勝をかけた栄光との最終戦は、前半から若手中心のメンバーで
のぞみ、今松さんの4ポイントPKで先制。GKがいないので、
前半はキーパーやりました。残念ながら、20代の若者に決められた。
後半にも岩本のゴール、榎坂のクロスがそのままゴールイン、と
8点をあげながら、逆にPKで5ポイントを奪われて、惜敗。。

両チームとも気持ちの入った、いいゲームだったけど、

悔しかった!

来年の、4ポイントゴール目指して、がんばります。

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激烈に働く

2005/10/18(火)

げ き れ つ と打って、変換したら、ちゃんと
「激烈」と変換されました。
「働く」に対する副詞として適切かどうか自信がないのですが、
昨日、今日は、 

うわぁ〜働いた〜

と思えるレベルで仕事して、その感触は「激烈」でした。

時間のないなかで、重要度の高い案件が複数あって、
早起きして、集中して長時間仕事して、
なかなか爽快ではあったけど、爽快感以上に
疲れた。

これだけやると
爽快感>疲労
になるだろうと思ってたけど、残念ながら
爽快感<疲労
でした。

やっぱ歳ですね。

ただ、クライアントも、システム開発者も、デザイナーも
高いレベルで集中して、驚くべきスピード感で、
爽快感、エンジョイ感味わえた、いい2日間でした。

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日本の出場するワールドカップ

2005/10/16(日)

2006年ワールドカップの予選もいよいよ、
欧州、大陸間のプレーオフを残すのみとなりました。

スペイン、チェコ、トルコなんて、同組になったら大変やな、
と思っていたのですが、FIFAランキング上位と下位の対戦と
いうことになっているようで、順当にいけばこの3国が
本大会出場ということになりそうです。

最もシンプルな全参加国による総当りという南米予選をのぞけば
近年、ますます上位国が順当に勝ち上がりやすい仕組みになってきました。

1サッカーファンからすれば、ドイツでスペインや、チェコを
見たいのですが、日本が対戦する可能性があることを考えると、
弱小国が出てきてくれたほうがありがたい、ですね。

日本と最終予選を争ったバーレンは、トリニダード・トバコとプレーオフを争います。
アジアのバーレーンにがんばってほしいというのが
まず素直な気持ちですが、バーレンと同じ組になることは
ないけども、トリニダード・トバコと同じになる可能性は
あるわけで、それならどっちを応援しようかな、、とちょっと
迷えるところでもあります。

2002年大会で、しきりと韓国を応援する賀川さん
「98年までは日本が出てなかったから、仕方なくアジアの韓国を応援してきたんや」
という話をしていました。

ワールドカップの歴史のなかで、日本はまだ最後の数ページに
登場するにすぎないのですが、自国が参加するしないで、
見方はずいぶん変わるものです。

個人的には、スペイン、トルコ、チェコ、バーレン、オーストラリア
を応援したいと思います。
ちょっと、まともすぎる?

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ゲーム

2005/10/14(金)

高村薫の雑文集「半眼訥訥」に「ゲーム世代の快楽」という
小文があります。前回、ゴールの快楽を書いたこともあって、
印象にのこる小文でした。

テレビでサッカーの試合を観戦して楽しむのは娯楽だが、
サッカー場に出かけて熱狂的な声援を送るファンにとっては、
サッカーはすでに快楽である。

年代が若くなればなるほど、コンピュータゲームはもはや、
明らかに快楽なのだと感じられる、(中略)
ほとんど、神経作用のある薬が効いている状態に近い。

なるほど、たしかに、やり出すと止まらない麻薬的な
危なさはある。

ぼくは、おそらくゲーム世代より上の世代になるのだろうけども、
ゲーム好きで、ドラクエ、サカつく、バイオハザードあたりは、
やりだすと、どっぷりと、のめりこんでしまうのです。
さすがに、最近はやらないですけど。

人によって、ハマる快楽の種類も違うのだと思いますが、
ぼくは、ハマり方が深いというのか、強いタイプのようです。

ゲームへののめりこみ方も、ゴールを決めたときの喜びも、
他の人より強くて、大きいように思います。

高村薫といえば、3年ほど前に「李歐」を読んで、
それから立て続けに何冊か読みました。
「李歐」、「リヴィエラを撃て」あたりは、
大阪の闇社会、アイリッシュのテロリストという
重たい設定ではあるけども、瑞々しさの印象的な
青春小説になっていて、お気に入りです。

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ゴールの快楽

2005/10/11(火)

昨日、ゴールのことを書いたら、早速「ゴールおめでとう」なんて
メールをくれた人もいて、感激してます。

小学生のころから、DF、MFだったけど、とにかく
ゴールを決めるのが好きだったのですが、
ぼくの持論は、

「ゴールはエクスタシー」

です。
22人の男が90分走り回って、そこで味わえる感動、興奮は
やはり、すごいです。自分ひとりではなくて、
皆のゴールであることも、興奮を増幅するのだと思います。

ちょっと年寄り的な発言になるけど、
最近の日本のサッカーは、パス回し、きれいなサッカーに
喜びを見出すサッカーのように感じます。
ヤナギサワ的サッカー。

美しいサッカーを追い続けるオランダも、
ストライカー、ファンバステンが監督になって、
ゴールへの意識が強くなって、
それに結果がついてきたように思います。

ゴールです。

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六甲ヒルケル

2005/10/10(月)

高校卒業以来、中高のサッカー部のOBでつくった
六甲ヒルケルというチームでプレーしています。

入団当初は、神戸市の1部と2部を行ったりきたり
というレベルで、大学のサッカー部に入るより、
こっちのほうが楽しいな、と感じていました。
当時は、かなりレベルの高い先輩たちがそろっていて、
高校時代にいっしょにやっていた
加藤さんや堀江さん、新田さんたちとプレーできることも
魅力でした。

しかし、その時のメンバーが依然としてメンバーとして
プレーしていて、そろそろ40歳以上は引退せないかんな、
ということで、ぼくたち抜きでチームを成立させたい
というのが、今年のテーマです。

いつもは先発フル出場なのですが、
昨日のゲームでは、おそらく高校1年生以来の
後半からの出場。
慣れてないので、審判に伝えるのをわすれかけた(汗)

前半0−0から、後半に先制ゴール決めました。

やはり、ゴールは最高でした。

20歳近く年下の大学生の奴らともいっしょに
喜びあえて、ゲームも勝利。

先輩(43歳)の今松さんからは、

これで、当分、本多はごきげんやな〜

って言われたけど、確かに1ヶ月くらいは気分いいです。 

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6月の旬の選手

2005/10/07(金)

サッカーというものは、
まさに「旬」を扱うものであって、
隙あらば、あっという間に他の選手が
旬のチャンスを握ってしまう。

「フットボール・ニッポン」の村上龍、中田英寿の対談について、
先日書きましたが、これは、最新号、ジーコ監督インタビューからの
ジーコの言葉。

増島みどりさんによる独占連続インタビューは、今回が12回目
この連載はなかなか読み応えあります。
賀川さんに言わせると、増島さんは、
「新聞で鍛えられただけあって、しっかり書いとる」
ということになります。

日本人選手のレベルも高くなり、
ここから、来年の6月まで、日本代表の「旬」をめぐる競争は
ほんとうに楽しみなものになりました。

明日のラトビア戦は、いわゆる「海外組」中心での
テストとなりますが、今日になって小野伸二が負傷で欠場。
ホンジュラス戦のあとのインタビューでも、ジーコが期待する選手と
して名前をあげていただけに、残念です。

しかし、今一番見たい選手、と多くの人が口をそろえる
松井が先発です。個人的には、同世代の嘉人と一緒に
使ってほしいな、と思うのですが、嘉人も後半には出番がありそうで、
小野の不在を吹き飛ばす活躍に期待です。

ことあるごとに言っているので、「またか」と思われる人も
いるかもしれませんが、来年の6月に「旬」を
迎える選手は、大久保嘉人だと思っています。

ひいき目もあるかとは思うのですが、セレッソ、マジョルカでは、
デビュー戦、降格争いで見せ場をつくり、
シドニーオリンピック予選でも、最後で「旬」を迎えた嘉人。

また、おいしいとこ、持って行きそうな気がしているのです。

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全国選抜フットサル

2005/10/06(木)

少々遅くなりましたが、先週末は神戸グリーンアリーナで開催されている
全国選抜フットサル大会に行ってきました。

ここ数年は神戸で開催されており、そのなかでも
2002年、2003年と2年連続して大阪対東京の組み合わせとなった
決勝は、どちらもぼくにとっては

フットサル観戦史上トップレベルの名勝負。

02年は、延長Vゴールで東京が勝利。
03年は延長を終了して0-0で決着がつかず、PK戦にもつれこみ、
6-5で大阪が前年のリベンジを果たしたのでした。

今回は、日曜が決勝なのですが、Jリーグのホームゲームと重なってしまったため
観戦は、土曜日の準決勝2試合のみ。

地元の兵庫、大阪がリーグ戦で敗退して、
準決勝のカードは、静岡ー北海道、東京ー埼玉。

昨年優勝の静岡は、北海道にリードされながら、逆転で2年連続の決勝進出です。

もう一試合は、試合開始当初は若いメンバーで構成された埼玉の動きの
良さが眼を引きます。しかし東京はそれをしっかりと受け止めて、
埼玉のオウンゴールで先取点を奪い、後半にも追加点で2点をリード。
1点を返されても、終始落ち着いた試合運びで勝利。

埼玉には、ニッポンハムカップ優勝の盗賊の黒澤くんも
選ばれており、来年以降に期待です。

決勝は残念ながら観戦できませんでしたが、
男子、女子ともに東京が優勝し、見事にアベック優勝。

関西人にとっては、悔しい結果でしたが、
現状で国内最高のリーグである関東リーグに、関西(および全国)の有力選手が
流出し続ける現状では、残念ながら順当な結果ですね。。

日本リーグが誕生して、関西のチームで全国のトップで戦える
ということになれば、また状況も変わってくるかもしれませんが、
レベルの高い環境でやりたいという選手の選択は、
ごく自然なものですね。
関西フットサルにかかわる我々が、環境をさらに高めていかなければ、です。

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10月

2005/10/03(月)

昨日のセレッソ、ガンバの快勝は、
新聞各紙でもタイガース優勝とあわせて、
関西勢の躍進
として、いつもより大きめに取り上げられました。

ここから2週間の休みをはさんで、もう一度リフレッシュしつつも
この勢いを持続していってほしいですね。

わが社も、10月から新しく経理、ウェブデザイナーを採用し、
今日から着任です。

これまで人の出入りも多く、社内外、特に社員には
しんどい思いをさせてきましたが、
心機一転、やっていきたいと思います。


昔から涙もろくて、
中高のころは、

こいつ、試合中から泣きよんねん。

と、今は亡き親友の竹中から、よくからかわれました。

大学になってからは、1万人のダンスパーティなる
いかがわしいイベントを企画し、
イベントのエンディングはもちろん、
会議中から感極まって、泣き出して
皆をおどろかせたこともあります。

どちらも、いまから思い起こせば、
「必死でがんばっているチーム」の姿に感動してしまったのですが
仕事でも、「泣ける」仕事をしたい、と思っています。

社長として、泣けるだけの素直な感覚を、
改めて大切にしていきたい、と思うし、
がんばれる環境を提供していきたいと思います。

サッカーほど、単純じゃないので、なかなか大変けどね。

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セレッソ6連勝で3位

2005/10/02(日)

今日は、セレッソーレッズのゲーム。
勝ち点41で3位のレッズと40で6位のセレッソとの対戦です。

10月というのに、かなり気温が高めで、 走るチームである
セレッソにとっては、あまりいい条件ではないな、
と、思っていましたが、なんと3−1の完勝。
これでセレッソは3位で、今日のゲームに4ゴールで快勝した
首位ガンバとは8ゲーム差ながら、首位争いにからんできました。

対戦成績のいい2位のアントラーズとのホームでの直接対決も
残しており、大阪2チームのワンツーフィニッシュも
夢ではなくなってきました。

現役の日本代表選手は一人もいないチームながら、
とにかくまじめにがんばる
ことでは、全チーム中、間違いなくNO1。

モリシがキャプテンになって、
あらためて、とにかく走るぞ、
ということが徹底されたように感じます。
ブラジル人の3人も、最後まで走り続けるキャラだし、
がんばりキャラではない、西澤さえも、
中盤でボールを追いかける姿が印象的です。

ぼくは、ヨーロッパのリーグではセリアAが好きなのですが、
彼らの
負けたくないから、とにかく走る、がんばる姿に
感動を覚えます。

今のセレッソには、そんなイタリア的ながんばりが
見られて、そして結果がついてきた。
モリシイズム、まだまだやれる。

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