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6年目の大会は新しい時代の扉をたたいた

2002/08/06(火)

1997年、第1回セレッソ大阪杯フットサルトーナメントが開催された。フットサルという競技の認知も今ほど高くはなかったが、スポンサーとなった日本ハムや、大阪サッカー協会などの支援のもと、小・中学生、女子、40歳以上などのクラスをそなえた総合的なフットサル大会に育っていった。そして今年からはFM802と、ぴあが主催する「ファンキーサッカーフェスタ」と合同で開催されることとなり、名称も「ニッポンハムカップ関西フットサルトーナメント」として、名実ともに関西最大のビッグトーナメントに。男女、または大人と子供で参加できる「ミックス」クラスが新設され全9クラスとなり、さらに幅広い参加者が気軽に参加できる大会となった。

8月4日に行われた決勝大会の会場は、インドア3面をそなえた国内屈指の施設であるマグスミノエ・フットサルスタジアム。大会前日まで工事が行われており、文字通りこけら落としの大会となった。予選を勝ち抜き、決勝大会に駒を進めたチームはどれも強豪ぞろいで、全クラスで熱い戦いが繰り広げられたが、そのなかで、最もレベルの高いチームによって争われるプレミアクラスでは、前年度優勝でホームで負けられないMAG'Sと、旭屋が準決勝で対決。1週間前の全国選抜では、同じ大阪選抜として戦ったメンバーの激突となったこの一戦は、ゲーム開始から白熱した展開となったが、旭屋が辛勝。「大会史上に残る名勝負」と関係者が口をそろえるゲームとなった。しかし旭屋は、カンカンボーイズとの激しいゴールの奪い合いを制して勝ちあがったYONAITに決勝で敗れ準優勝。YONAITの試合運びの巧さが光った。

この日のもう一つの目玉は、日本代表クラスの選手をそろえたJapan All Starsと、日本国内在住のブラジル人から選抜された、Brasil All Starsの対戦。藤井、大塚、塩谷、松田らのフットサル日本代表がずらりと顔を並べるJapanに対し、BrasilはBFC-KOWAと、YONAITで構成したメンバー。ここではBrasilの個人技と、勝利への意欲が上回り、終始Japanを圧倒することに。

5年間ですべてのクラスがレベルアップし、ルールやマナーも浸透してきた。協会、連盟の組織も整備され、施設もますます充実。今年はさらに国内トップレベルの試合が、そのレベルにふさわしい舞台で開催され、多くの観客を楽しませてくれたことが最大の成果といえるだろう。フットサルの新しい時代の扉をたたくことができたような気がする。

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