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2002年6月

頼りないロナウドと、守りきれないドイツ

2002/06/30(日)

日本と韓国にとって、文字通り歴史的なイベントとなったワールドカップが終わった。

世界中の注目を集め、いくつもの予想されざる結末を生み、さらには審判問題などの議論を呼んだ大会だったが、決勝は、ブラジル、ドイツの両横綱の対決。ワールドカップでの初顔合わせが、大会を見事に締めくくってくれた。両チームがワールドカップ決勝にふさわしいレベルに達していたかどうかは議論の分かれるところだろうが、ワールドカップの決勝にふさわしい「名前」であったことは確かだろう。98年の決勝を前にして、クライフがブラジルを評して「大会が始まる時点で、私はブラジル・チームが好きではないと話した。そして、いままた同じことを言う。ブラジルがあんなプレーで勝ってしまうのは、サッカーのためにならない」(ブライアン・グランヴィルのワールドカップストーリーより)と発言していた。今大会においても、クライフがブラジルのサッカーを誉めるとは思えないが、常にそのような議論の対象となる国という意味で、ブラジルとドイツほどワールドカップ決勝が似合う国はない。

ロナウドはあの間抜けなヘアスタイルで登場し、2ゴールをあげて得点王に輝き主役の座をつかんだ。あの髪型だけはなんとかしてくれ、と祈っていたのだが、その間抜け加減にドイツも含めた世界のサッカーファンが愛着を覚えたのではないだろうか。試合後にカフーから「彼がいちばん苦労した選手」と言われて目に涙をうかべたシーンは、彼がチームメイトからも愛される選手であることを示すと同時に、どこか大人になり切れない頼りない姿が印象的だった。ロナウドマニアの私の妻に言わせると、あの頼りなげなところが魅力なのだそうだ。なんとなく納得。

ロナウド、リバウド、ロナウジーニョの3Rと、ドイツのGKオリバー・カーンの対決が注目され、ここまで大会を通して16得点のブラジルと1失点のドイツの対決というわかりやすい構図。とはいえ、ドイツもゴールを奪わなければ勝つことはできない。特に今大会のドイツ唯一の失点が、アイルランド戦で1点リードした後に守りに入ってしまい、終了間際に決められたのもであったことをドイツチームは忘れてはいないだろう。攻めなければ、守りきることもできない。セカンドラウンドでは、すべての試合が1-0での勝利となったが、ただ引いて守るだけでなく、ある時間帯にはボールをキープし、ヌビルのドリブルやクローゼへのクロスで相手に危機感を与え続けていたことにドイツの調整能力の高さが見られた。決勝でも前半から積極的な攻めが随所に見られたが、バラックの圧力が欠けたドイツには、ブラジルを崩しきる力はなかった。

ドイツは、これまでまさに獅子奮迅の働きを見せたカーンのミスで敗れた。彼を非難する人はいないだろうが、彼は自らのミスを許すことは出来ないだろう。2点をリードされての終盤に、ドイツチームは攻め手を失い、不屈のゲルマン魂は見られなかったのが残念だったが(あの86年でさえ、0-2から2ゴールを返したのに!)、「カーン、この負けを受け入れよう。バラックも、ダイスラーもいないんだ。2006年がある」というメッセージをチーム全体が発しているように見えた。

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決勝は横綱対決

2002/06/29(土)

3位決定戦は、ここまでの驚きに満ちた大会にふさわしく、トルコ対韓国という大会前には誰も想像し得なかった組み合わせとなった。さらに開始後11秒でハカン・シュクルのゴールが決まり、ワールドカップ最短ゴールという“驚き”のおまけ付き。トルコが前半を3−1でリードし、終了間際に韓国が1点を返すものの3−2でトルコが勝利をおさめた。ここまで驚くべきモチベーションで勝ち上がってきた両国にとっても、ここでもう一度集中力を高めることは難しかっただろう。試合後の妙に和やかなムードも含めて、 これまでの大会の3位決定戦同様に、どこか緊張感に欠けた、違和感を感じさせる試合となった。

さあ、いよいよ決勝戦。前評判やここまでの経過ははさておき、ブラジルードイツという夢の対戦となった。優勝候補のアルゼンチン、フランスはファーストラウンドで大会を去ったが、サッカー界における格としては両国を上回るまさに横綱同士の対戦だけに、これぞサッカー、これぞワールドカップというゲームが期待できそうだ。ともにサッカーにおいては最大級のプライドを持ちあわせており、負けないサッカーではなく、ゴールをうばって勝つサッカーを見せてくれるのではないか。ここまでの道程では予選敗退の危機に瀕し、ブラジルに至っては、史上最弱とまで言われたチーム。名前だけで見れば、何の違和感もない決勝カードなのだが、20世紀のワールドカップでは実現しなかった対戦ということもふくめ、新鮮な驚きにあふれた決勝といえる。

気がかりなのは、プレス席に雨が降り込むという悪評高きスタジアムでの開催だけに雨予想の天気予想と、ロナウドの髪型だけだ。

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ロナウドのゴールはフットサル流

2002/06/27(木)

ブラジルがトルコを下し、決勝でドイツと対戦することが決まった。ファーストラウンドの対戦では前半44分にハサンが見事なゴールで先制。ゴールを決めた後もニコリともしない様子からは、「王国」を相手にしても全くひるむことのない、並々ならぬ自信とプライドが感じられた。このゴールはパス、シュートともに完璧で非常に美しいものだったが、後半5分のリバウドのパスからロナウドが、決めたゴールはさらに驚くべきものだった。ロナウドの飛び出しのスピードと、ボールを叩くのではなく、スッと流し込んだ感覚は、彼のストライカーとしての才能が見事に表現されたものだった。

この後、西帰浦での中国戦、神戸でのベルギー戦をスタジアムで見た。ロナウドはボールのないところでは、やる気なさげに見えるのだが、チャンスになったときのギアの切り替えは強烈で、一気にトップスピードに入ってスペースに走りこみ、ドリブルで突進する。賀川さんがレイソルの北嶋秀朗を評して、「ボールのないところで、だらだらとしていられるのはストライカーの素質」という話しをされていたのを思い出す。消える動きといえば、クロスのタイミングでディフェンダーの視野から消える動きを指すが、ぼんやりと死んだふりをしてディフェンダーの注意をそらすというのも、「消える」テクニックの一つというわけだ。ロナウドはお世辞にも体調は万全には見えないが、彼とリバウドがしっかり結果を残すことで、チームに勢いが生まれ、セカンドラウンド以降は時折守備に綻びが見えるものの、チーム全体に自信と安定感が備わってきたようだ。

そのロナウドが準決勝のトルコ戦でもゲーム唯一のゴールを決めた。トルコの寄せの速い厳しいマークを受け、押し気味に試合を進めながらも決定的なチャンスが作れなかったが、ゴールを決めた場面では、ドリブルを仕掛けて4人に囲まれながら、トーキックでシュートをした。フットサルのシュートでは、スペースのないところから小さなモーションで蹴れるトーキックが多用されるが、このゴールはまさにフットサル的で、トルコのディフェンスも、GKも意表をつかれてしまった。ロナウドはブラジル時代にも、オランダのPSVでもフットサルをプレーしていた経験があり、それがこのゴールにつながったといえそうだ。ロナウドはこれで得点王ラインの6点に到達し、5点のリバウド、クローゼとともに決勝戦で得点王を争うことになった。

ジャンピングボレーといい、トーキックといい一般人には理解しかねるゴールであったが、それ以上に理解を超えているのは、あの髪型だ。あの髪型で優勝の記念写真におさまってはいけない。決勝戦に向けての僕の最大の心配事である。

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強いドイツ

2002/06/25(火)

韓国が準決勝でドイツに敗れた。日本が、勝てる試合を落とした、あるいは勝たなければならない試合だったという評価を残したことと比べると、準決勝で大国ドイツと渡り合っての敗戦に国民も十分納得することだろう。今大会での韓国はポルトガル、イタリア、スペインとヨーロッパのサッカー大国を下してきたわけだが、3国とも民族的にはラテン系で、韓国の最後まで衰えない運動量と、俊敏性、サポーターを巻きこんでの勝利への熱意に屈した形。イタリアは、安貞桓のゴールでマルディーニが身体を寄せきれなかったシーンに象徴されるように、ネスタ、カンナバーロという守備の2本柱を欠いたことが大きかった。韓国に有利に働いた審判の判定があったことも確かだが、ゲルマン系のドイツはそれも計算に入れてゲームプランを準備し、見事に実行してみせた。ファウル数は韓国の19に対し、ドイツは12。バラックのイエローカード(決勝は出場停止)は痛かったが、ファウルをしない戦いがドイツには徹底されていた。GKのカーンが「ゴールを取り消されても、さらに2点、3点を狙うのだ」というコメントをしていたような事態にはならなかったが、チームがひとつの意志をもって動く時のドイツはさすが。

90年大会を制したマテウス、クリンスマンらから世代交代がスムースに進まず、94、98年大会ではブルガリア、クロアチアに準々決勝で敗れ、さらにEURO2000ではグループリーグ敗退と、ドイツの時代は終わったとも言われた。かつてはあまりの勝負強さに、強いけども、魅力的ではないというのが定評だった。そういえば、現F1チャンピオンのミハエル・シューマッハも同様に圧倒的な強さのため、レースの勝敗という最大の興味がそがれてしまう傾向にある。その、強いドイツの復活は2006年の本国での開催かと考えていた。今回のチームが優勝に値するチームであるかと問われれば、多くの人が否定するにちがいない。ここまで来たら、最後は3Rに爆発してもらって、ブラジルの優勝というのが無難な結末かも。GKのカーンが“当たってきた”のが気がかりだが。

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歓喜のソウル

2002/06/22(土)

ソウルの市庁舎近くのホテルで書いています。30分ほど前に韓国がスペインに勝ってベスト4入りを決めたばかりなので、窓を開けているとPAを通したDJの叫び声と、何万人もの人々の声が聞こえてくる。80万人とも100万人とも言われるこの群集の発する力は強烈だ。首都の中枢部の機能をストップさせて、各所に設けられたスクリーンに向って国民が声援を送り、歓びを爆発させた。ここに集まった人たちだけでなく、空港のスタッフから赤ん坊まで皆が“be the REDS”のTシャツを身に着けて、「テハーンミング」(大韓民国)の叫びをあげている。この巨大な歓び、そしてこの光景の世界への発信は韓国の国民すべてにとっての勝利だ。

日本がファーストラウンドを突破したものの、どこか緊張感を欠いた試合で、勝てると期待されたトルコに力を出しきらずに負けてしまったのに比べ、韓国のこの勢いはいったい何なのだろうか?ポルトガル、イタリア、スペインというヨーロッパの強豪と真っ向から戦い、3戦ともに劇的な勝利をおさめ、いまだその勝利への意欲は尽きてはいないようだ。開催国とはいえ今大会で初勝利を挙げた国が、ここまで勝利へのモチベーションを維持しているのは、驚きだ。同様の例としては最近では98年のクロアチアだろうか。彼らはユーゴからの分裂などの政治的な背景があり、勝って自国の存在、プライドを世界に示したいと考えたことと、すでに世界的な実績をもつタレントが豊富であった。韓国の場合も、民族的な要因や、ワールドカップにおける敗戦の歴史というバックボーンはあるにせよ、国民がチームに対し強烈な期待とプレッシャーをよせ続けていることが大きいのではないだろうか。日本が、選手や監督だけでなく国民も、次も勝てるという曖昧な過信と、満足感を感じていたのとはかなり異なるようだ。彼らはまだ満足していないように見える。

客観的に見るなら、大会の盛り上がりを考えると開催国が勝ちあがっていることは喜ばしいことだが、一方でイタリアや、ポルトガル、スペインが消えたことは残念だ。しかし我々は共催国であるため、少々複雑な心境で彼らを見ることになる。もし共催もなく、隣国でもなければ素直にサッカー大国の敗戦を残念がっていたのではないか。この複雑な感情が、日本代表に対するさらに大きな期待につながれば、と思う。

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アディダス対ナイキ

2002/06/21(金)

蔚山でアディダス対ナイキ、ではなくてドイツーアメリカの準々決勝を見ることになった。イタリアまたはポルトガル対ドイツというカードを期待していたので、その点では残念だが、ドイツはいよいよ優勝も視野に入ってきたので、そのチームを札幌のサウジ戦に続き見る事ができるのは幸運。

まずは釜山からバスで蔚山に入り、静岡のブラジルーイングランドという準々決勝最大の注目カードを、スタジアム近くの蔚山大公園の大スクリーンで見た。会場にはロベカル似で、ロンドン出身ながらオーウェンのレプリカを着たイングランド人や、彼に対抗するブラジルTシャツ姿のスコットランド人などがビールを買い込んで盛り上がっている。スコティッシュのアンチ・イングランド意識は徹底したものだ。ゲームは、23分にオーウェンのゴールでイングランドが先制するが、前半ロスタイムのリバウド(日本製ミズノのウェーブカップを履いている!)のゴールと、後半のロナウジーニョのゴールでブラジルが勝った。イングランドは後半にシェリンガムを投入するなど反撃に出るが、攻めに迫力が感じられなかった。イングランドはまだ若い。彼らにとって本当のねらいは2006年だろう。

蔚山にはドイツサポーターの姿はあまりみられない一方、アメリカサポーターはかなりの数。日本のテレビでは韓国の反米感情を大きく取り上げていたが、それはファーストラウンドでの対戦があったことが大きいようで、実際に韓国人の話を聞いてみてもそれほど強い反米感情はみられない。それどころかスタジアムでもアメリカに声援を送る韓国人のほうが多いことには驚かされた。アメリカ側のゴール裏の一角が地元の高校生で占められていて、彼女たちは試合の流れにまったく関係なく応援を続けるのだ。スペインーパラグアイの試合でも、スタンドの一角を占めた女子高生たちが、下から上に(!)流れるウェーブを楽しんでいたのが思い出されたが、この日もゴールキックや、FKの場面にもかかわらずウェーブが巻き起こるのには参った。応援を楽しむ日本のサポーターと、本気でチームを応援する韓国、という新聞記事があったが、韓国以外の国に対してはやはり応援の楽しみ優先というところか。

試合はバラックのヘディングによるゴールをカーンの再三の攻守で守りきってドイツが勝利。イングランド同様に彼らもねらいは2006年だろうが、これで優勝も見えてきた。

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期待の大きさ

2002/06/20(木)

テレビ、新聞をみていると、「よくやった」、「惜敗」という言葉で埋め尽くされているように感じる。そのなかでも、この敗退を次につなげていくための示唆に富んだ記事もいくつか見られた。

6月19日付けの朝日新聞では岡田武史氏の「よくやった、ですませて、この悔しさを受け入れてはいけない」という記事が掲載された。4年前に一番悔しい思いをしたであろう当事者としての切実な想いが読み取れる。

同日の日刊スポーツでは、ジーコ氏のメッセージを伝えている。「日本サッカーが、こんなところで満足してはいけない。常に次を考え、上を目指す。そうでなければ、成長はない。満足したら、そこで終わってしまう。だから『よくやった』という言葉はかけたくはない。」

記者会見で中田英寿は、満足感ではなく悔しさを語った。ヨーロッパで経験をつみ、誰よりも高い目標を持っていることがうかがえた。彼らから「満足しています」、「力を出しきりました」という答えを期待する誘導尋問的な質問が多く、おそらく中田英寿は不愉快に感じたことだろうが、同じようにヨーロッパでプレーする稲本も満足できないというコメントを残してくれた。彼らはベスト8以上という目標をしっかりと持つことができたのだろう。そんな意識を持った選手が増え、さらに国民が大きな期待を寄せることで、勝ちたい、勝たなければいけないというムードが培われていくのだろう。

例えば、柔道の日本代表たちは、オリンピックで金メダルを期待され、メダルを獲得して大きな感動を与え、あるいは敗れて絶望感を残す。シドニーでもうひとつ勝てれば、ワールドカップでベスト8に入っていれば、さらに大きな期待が次へとつながっていったのだろうと思うと本当に残念だ。

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日本サッカーは何を経験したか

2002/06/19(水)

ベスト8入りをかけた試合で、日本がトルコに0—1で敗れた。宮城スタジアムには終止冷たい雨が強く降り続け、熱烈なサポーターとともに、日本の最大の後押しとなっていた「蒸し暑さ」のサポートなしでのゲーム。後半に足の止まったベルギーやロシアとは異なり、トルコの運動量は最後まで落ちなかった。先日、クラマー氏がトルコ戦に向けて「ロシア戦も、ベルギー戦も前半は goodだったが、後半はvery goodなゲームだった。トルコに勝つためには、前後半通してvery goodでなければならない」とコメントされていたが、この日の日本はとてもvery goodといえる状態ではなかった。 敗戦後、会場から立ち去らずニッポンコールを続けた人たちも多かった。不思議なことに、笑顔の人も少なからず見られた。試合に勝ちたい、勝たせたいという気持ちとともに、ビッグ・イベントに参加したい、応援自体を楽しみたいという人たちも多かったことだろう。94年にサッカー不毛の地と言われたアメリカで開催された大会では、史上最高の観客動員を動員したが、観客の多くはイベント・スノッブと言われ、その後設立されたプロリーグのMLS(メジャー・リーグ・サッカー)の人気も長続きしなかった。多くの人々がワールドカップを体感したことは、日本サッカーにとっての大きな財産であることは間違いない。これを将来につなげていくためには、関係者の工夫や努力が問われることになるだろう。私たちも当事者意識を持って、取り組んでいきたい。

そして、日本代表にも課題が残された。サポーターもマスコミも日本代表はよくやったというのが一般的な論調のようだが、トルシエ監督のコメントにもあった「経験が足りない」という言葉をしっかりと受け止めたい。シドニー五輪の準々決勝でアメリカに敗れた時も「よくやった」と皆は口をそろえたが、ワールドカップでも同じように、勝てるチャンスのあるチームに負けてしまったのだ。選手たちがよくやったのは確かだが、夢を引き延ばすための、きれいごとで終わらせてはいけない。失われた夢の喪失感と、悔しさ、苦痛こそが貴重な経験のはずである。この痛みをごまかしつづけてきたのは、サッカーに限ったことではないが。

これまで長年にわたって、苦杯を味わい続けた韓国は、イタリア相手に劇的な勝利をおさめた。勝ちたい、勝たなければいけないという熱意が、テレビを通しても伝わってきた。心からおめでとうと言いたい。その韓国と比較すると、日本の結果は身分相応というところなのだろう。ではトルコは8強に値するチームなのか?トルコは、国家、民族の持つ力、歴史は十分であることに加え、代表選手の多くがイタリア、ドイツなどのクラブで活躍し、ガラタサライがUEFAカップを獲得している。地理的にはアジアに属しながら、サッカー界ではヨーロッパに属するため、強国との試合経験には事欠かない。2000年の欧州選手権では好調のポルトガルに敗れはしたものの、サポーターの熱気は明らかに彼らが上回っており、敗戦後の落胆は本当に気の毒であった。キプロス問題で険悪な関係にあったギリシャとの2008年の欧州選手権共催に向けての、サッカーの女神からのプレゼントなのかもしれない。

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神戸のしあわせな夜

2002/06/18(火)

自宅から電車に乗って、ワールドカップの、それもブラジルのゲームを観戦に行く。夢のような幸せが、実現した。母が6番=ロベ・カルで、妻が9番=ロナウドの背番号入りのTシャツ、僕は97年のフランスのプレ・W杯モデルの襟付きのレプリカ。母は「近所でこんな格好は」とTシャツの上に1枚羽織って出かけたが、地下鉄三宮駅まで来ると、ブラジルサポーターだらけなのに安心して、ようやく本物のブラジル・サポに変身。「私は息子の試合はほとんど観に行った」と豪語する母にとっても、御崎は思い出の地で、古くからの神戸のサッカーファンにとっては、ユニバーでなく御崎でワールドカップが開催されることで、歓びもひとしおというところ。ひょっとすると日本が来るかもしれないと期待していたチケットだが、ベルギーがH組の2位となって、順当に1位でC組を勝ちあがったブラジルと対戦することに。

スタジアムはすっかり黄色に染まり、ブラジルのホーム状態だ。西帰浦のブラジル-中国戦では人数的には中国のサポーターが圧倒的だったが、古くからブラジルとの関係のあつい神戸でのゲームはブラジルにとっては幸いだったといえそう。試合前には、スカウティングに来ていたイングランドチームに会場は騒然とした。妻も双眼鏡を手に「ベッカムや!」と大騒ぎ。さっきまで「私のロナウド!」って叫んでいたやろ!

試合はロベカルのフリーキック(とフェイクの助走)、カフーのオーバーラップで盛り上がり、リバウド、ロナウドのゴールで興奮は最高潮に。「ブラジル!チャチャチャ!」からサンバのリズムに切り替わる演奏の見事さにも感心させられた。なんともしあわせな一夜でありました。

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いよいよラウンド16

2002/06/15(土)

日本、韓国がファーストステージの最終戦を勝利で飾り、ともに1位でセカンドラウンドに進んだ。開催国にファーストステージ敗退はない、という世界標準にようやく到達することができた。日本は文句なしの勝利であったといえそうだが、韓国はポルトガルとの試合に引き分けても、両国が勝ちあがることができたなかで、相手に2人の退場がでて、押し切った形となった。退場がなくても、前半から全くひけをとらない試合運びだっただけに、ポルトガルの2枚のレッドカードは韓国からみても残念だった。個人的にも、ポルトガルはまだまだ見たいチームだったし、かわりに勝ち上がったのが、アメリカというのも皮肉なものだ。82年大会で初戦アルジェリアによもやの敗戦を喫した西ドイツが、最終戦でオーストラリアと引き分けた試合や、今回の大会でもイタリアとメキシコの一戦で、同時刻に開催されていたクロアチアの敗色濃厚とみると両国ベンチ総出で「攻めるな」という指示を出していたのとはずいぶん様子が異なっていた。ポーランドとの試合でもアメリカにはブーイングが飛んでいたというから、結果的にポルトガルを蹴落としてしまった韓国は、世界サッカーの常識から見れば、良くも悪くもまだ若いということだろうか。

16チームが出揃ったところで、4強の予想。韓国は16強戦で、イタリアと対戦する。ワールドカップを3回制覇する、強豪中の強豪との対戦にも彼らはひるむことなく立ち向かっていくだろう。しかし、このブロックからはイタリアだろうか。スペインは、ファーストステージで最も危なげなく勝ち上がったが、アイルランドとの試合は厳しい試合になりそう。あるいはここも地力を見せて突破するなら、頂点も見えてくるかもしれない。次はドイツ。メキシコとの対戦になれば98年の再戦で、クローゼ、バラックの体調に問題なければ順当な勝ち上がりとなりそう。

ブラジルはロナウドの復調もあり、次第に調子をあげてきた。初戦のトルコ戦で先制されながら逆転勝利を収めたことで、チームに自信と安定感がようやく戻ってきたように見える。イングランドはまるでホームでの試合のようなスタジアムで戦えることは大きなメリット。66年大会のペレ、バンクスの対決以来となるこの両国の対戦が実現すれば、今大会のハイライトのひとつとなるだろう。

日本は勝てるチャンスの高そうな相手に恵まれた。FW,MFに突破力のある選手のそろうセネガルが最もいやな相手だが、デンマーク戦で見せたようにメンタル面では不安定な部分もあり、日本が勤勉に走り、戦うことで相手の苛立ちをさそえば、勝利が見えてくるはずだ。あとは、anything is possible。ここまでフランス、アルゼンチンという大国が消えた大会に、このあとどんな驚きが用意されているのか。

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決勝トーナメントはない。

2002/06/14(金)

日本がファーストラウンド突破を決めた翌日、朝のワイドショーでもワールドカップの話題でもちきりだったが、韓国の新聞をとりあげて、「決勝トーナメント進出のことを、韓国では16強入りと報じています」というコメントがあった。世界的にみれば、日本、韓国で開催されるすべての大会が「FINAL COMPETITION」(決勝大会)であり、「決勝トーナメント」はセカンドラウンド、あるいはセカンドステージと表現される。このセカンドラウンドの初戦は「ROUND of 16」となるから、韓国は世界的な標準にあわせた表現をとっているといえる。この韓国に対し、まるで決勝トーナメントという表現が正当であるかのような発言は、全く情けない思いだ。

賀川さんは、98年からこの表現について幾度となく指摘してきたが、この大会でいよいよ決勝トーナメントという表現が定着してしまった。努力不足を反省すると同時に、今後も可能な限り力を尽くしたい。

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英、韓、日が3強?

2002/06/12(水)

FCJAPANもワールドカップ効果で過去最高のアクセス数を更新中だ。これまでも人気が高かったニュース、BBSなどに加えメインコンテンツの一つである「KAGAWA SOCCER LIBRARY」のアクセスが上がってきた。そもそも僕が会社をつくることになった最大のきっかけが賀川さんのこれまで蓄えてきた有形、無形の知的財産をインターネットを通して世界に発信し、実際にボールを蹴る楽しみを拡げていきたいという夢だった。2002年に世界中から集まった人々に、日本のサッカーの歴史を知ってもらうために、英語でのコンテンツも充実させよう、まずは賀川さんの過去の著作の英語化から、という計画は結局間に合わなかったけども、会社にとっての最大のミッションだという想いはかわらない。

アクセス数(トラフィックといわれることが多い)の指標として、FCJAPANにアクセスしてきた人たちがどのページから入ってきたかというデータがある。通常は、KAGAWA SOCCER LIBRARYのなかでは雑誌の表紙や目次にあたるトップページのアクセスが最大になるはずなのだが、今月のアクセス数のトップ10には、個別のデータのページが飛びこんできた。URLを叩いてみると「デイヴィッド・ベッカム」の表示。トップページから順にアクセスしてくるのではなく、サーチエンジンなどからベッカムのページに直接入ってくる人が多いということだ。さらに個人ページとして「安貞桓」「鈴木隆行」がつづく。もちろん、「中田英寿」や、「稲本潤一」に対するニーズはさらに高いのだろうが、彼らは個人のオフィシャルサイトを持っているので、アクセスはそちらに誘導されているのだろう。ワールドカップの熱狂は、こんな無味乾燥な数値のデータにも大いに影響を与えている。

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6月23日に生まれて

2002/06/11(火)

フランスが大会を去る。98年大会、ユーロ2000を制覇し、今回も優勝候補として乗りこんできたものの3試合無得点で、4チーム中の最下位となっての敗退。フランスをセカンドラウンドで見ることができないのは本当に残念だ。僕はショックのあまり、高速道路の降り口を間違ってしまった。

常勝が当然のこととなり、またそれにふさわしいきら星のごときメンバーを揃えたチームには、今となってみれば勝利への欲求が不足していたということか。いや、ポストを叩いたシュートの数々を見れば、敗退の原因は彼らにあるというよりは、やはりサッカーの神の思し召しか?ジダンの不在という理由が与えられたことが、せめてもの救いというのは、ジダンにとってはあまりに厳しい事実。

全試合の半分以上がすでに消化され、フランスはもういない。大会はいよいよ盛り上がりを見せることになるだろうが、ゴールや勝利の歓喜だけでなく、こんな喪失感や、寂しさ、カタルシスもワールドカップのひとつの本質。予選でオランダが敗退したときや、シェフチェンコが参加できないという事実にも衝撃を受けたが、参加したチームが順に消えていくことはさらに辛い仕打ちだ。

ジダンと、ヴィエラは僕と同じ6月23日生まれ。彼らがその日を待たずして、大会を去ることになるとは誰が予想しただろうか?2006年6月にはジダンは34歳、ヴィエラは30歳の誕生日を迎える。

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歴史的な勝利がもたらすもの

2002/06/10(月)

日本がワールドカップで初勝利をあげた。ソ連以来のサッカーの歴史を持ち、グループHの最強国とみられていたロシアを破ってのものだけに、世界的にみれば大きな驚きであるだろう。日本国内でもいたる場所で人々が街に繰り出して、喜びを爆発させた。外国と比較すると、若者中心であることが特徴だが、この大会をとおして、ワールドカップという舞台で代表チームを応援することが、どれほどの興奮と感動を生み出すものかを我々は実感することができた。

韓国は54年のスイス大会の初出場以来、48年ごしの初勝利をあげたばかりだが、彼らも日本の勝利を期待し、喜んでくれることがうれしかった。それには多くの日本の若者が韓国を訪れ、直接に接することができたことも少なからず影響しているはずだ。日の丸の入った日本代表のレプリカを身に付けた日本人へのフレンドリーな接し方をみれば、彼らもまた日本の代表として両国の掛け橋となっていることが理解できる。忌まわしい過去の記憶は日本人も理解し、記憶していかねばならないが、政治的な活動では決して埋めることのできなかった大きな溝を、賀川先輩が言うところの「サッカーという最高の遊び」が越えようとしている。きっとブラッターもアベランジェも予想も期待もしていなかった、貴重な収穫だ。

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済州島の中国人

2002/06/08(土)

リゾート地、済州島でブラジルー中国を見た。韓国戦以外のチケット(開幕戦まで!)が、軒並み売れ残った韓国にあって、早々に売り切れとなっていたのがこのゲーム。スタジアムには、試合開始のずいぶん前から赤と白の中国人サポーターがあふれ、初出場、そして強豪ブラジルとの対戦を祝した。会場では中国の宗教団体がチラシを配布し、横断幕をかかげて宣伝活動を展開していた。空港でも到着ゲートに大勢陣取ってパンフレットなどを手渡され、最初は「熱心なサポーター」かと思ったのだが、試合会場での活動も大規模で、大会スタッフが懸命に彼らを排除しようとする姿がいたるところで見られた。

試合前のイベントは、派手な花火を中心にした派手なもので、周辺住民に気兼ねする必要のないリゾート地で開催することのメリットを感じさせる。花火とともに中国人サポーターの興奮も高まるが、試合ではブラジルとの実力差をまざまざと見せつけられた。圧倒的な人数にもかかわらず、応援はつたないものだったが、多くの若者が世界的なイベントに直接触れることは、これからの中国にとっても大きな糧となるだろうと、彼らが誇らしげに国家を歌う姿を見ながら感じた。日本のサッカーにとっも、アジアの大国が世界の舞台を踏んだことで、さらに高いレベルのライバル関係を築くチャンスのはずだ。

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メインディッシュはビビンバとベッカム

2002/06/07(金)

釜山から車で5時間、全州に向かう。李王朝の始祖、李成桂の出身地でもあり、歴史的な建築も多く残された街。スタジアムに案内されると、大会やFIFAのシンボルマークも見られないし、どう見てもワールドカップスタジアムには見えない。運転手さんの間違いだった。次に案内されたスタジアムは郊外の広大なスペースを利用して建設された立派なもの。到着すると神戸で開催されているスウェーデンーナイジェリアがスクリーンで放映されていた。地元の試合を韓国で見るというのは少々不思議な気分だが、うれしくもあり、誇らしい気分も味わえた。

生で観たのは、スペインーパラグアイ。1979年に日本で開催されたワールドユースの際、ロメロのパラグアイに魅せられて以来、密かに親パラグアイ派の私は、もちろんパラグアイに声援を送る。初戦でスロベニアを一蹴したスペイン有利と見られた試合でパラグアイのサンタクルスが先取点をあげると、私だけでなくスタジアムのテンションは一気に高まる。バイエルン・ミュンヘンでプレーするサンタクルスは、長身でハンサムだが、華が足りないのか、人気はいまいちだ。後半から投入されたモリエンテスの2ゴールなどで結局スペインが勝ち、ファーストラウンド突破、一番乗りを決めた。今回のスペインの強さは本物かもしれない。ラウルは、ゴールはなかったものの危険なプレーヤーであることを見せつけた。

スタジアムでの観戦後、ファーストラウンドのメインディッシュ、イングランドーアルゼンチンのゲームを見逃すわけにはいかない。韓国では食は全州にありと言われ、なかでもビビンバが有名とのことで、ビビンバを食べながらの贅沢なテレビ観戦となった。札幌からの映像は、家庭用のテレビを通しても迫力充分。コントロールキックの名手ベッカムが、らしくない渾身の力をこめたPKを決めて、4年前の悪夢を吹き飛ばした。神はベッカムにルックスとサッカーの能力だけでなく、ドラマさえも与えた。イングランドは前半から飛ばしながら、最後まで集中が途切れず、いよいよ調子を上げてきたようだ。

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釜山でのフランスーウルグアイ

2002/06/06(木)

釜山でフランスーウルグアイのゲームを見た。両チームとも初戦を落としたため、ここで敗れるとファーストラウンド敗退が決定となる。前半にルブフの負傷交代があり、さらにアンリが足の裏を見せるタックルで退場となると、会場には一気に悲壮感が蔓延した。ヴィルトールが右サイドですばらしい奮闘をみせたが、中盤でタメを作れるジダンの不在は大きく、両者、決定的なチャンスをつくりながら、結局スコアレスドローに終わった。生き残りをかけての必死の戦いは、最後まで息の抜けない好ゲームであった。98年大会以来、常に勝者であったフランスだが、敗れ去ることへの恐怖を再認識したに違いない。

バックスタンドの私の席の周りは韓国人のウルグアイサポーターで埋め尽くされており、持参したフランスのレプリカはバッグのなかにひそませておくことに。おまけに、神戸在住の私にはタイガーズを思い出させる黒黄カラーのペニャロールのシャツをまとったサポーターからは、ウルグアイの応援フラッグをもらってしまった。彼をはじめとしたウルグアイからのサポーターたちが、試合開始1時間ほど前から太鼓を打ち鳴らし、「ビバ!ウルグアイ」、「オー!セレステ!」と韓国人たちに応援を仕込んでいく。アンリの退場があり、ウルグアイのFWダリオ・シルバがヴィエラを足の裏で蹴りつけたシーンがヴィジョンに映し出されてからは、シルバには大きなブーイングが浴びせられ続け、スタジアム全体としてはフランスへの声援が大きかったが、ウルグアイも大きなチャンスをつくりつづけ、声援もやむことはなかった。

試合後、釜山の屋台街に繰り出すと、夜の12:00を過ぎても店は活気に満ちていた。店のおばさんは、日本語も英語もできず、頭をかかえたが、気のいい韓国人のお客さんたちも一緒になってのやりとりの後、なんとかご馳走にありついた。サッカーに見られる気の強さとは裏腹に、常に韓国の人たちは親切で、フレンドリー。ワールドカップのおかげで、このようなコミュニケーションが生まれるのはすばらしいことだ。店にはフランスのユニフォーム姿の日本の若者達が次々と訪れ、店のおばさんは、頭を抱えつづけた。

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アジア3ヶ国

2002/06/04(火)

日本が2度目のワールドカップ出場で初勝利をあげた。日本としては審判の判定に不服はあり、勝てた試合だったという見方もできるかもしれないが、大切な初戦で勝ち点を上げたことには大きな価値がある。テレビ解説の岡田武史さんの、興奮と喜び方は大変なものだったが、彼こそこの勝ち点の重みを最も理解するひとりだろう。

共催国の韓国は、5大会連続6度目の出場で初勝利をあげた。釜山のスタジアムは真っ赤に染まり、画面を通しても熱気が伝わってくるようで、勝利への強い意志が感じられた。試合開始直後こそポーランドにチャンスを与えたものの、前半26分に黄善洪が見事なゴールを決めた後は、洪明甫を中心にしたディフェンスも安定しての完勝。これで日本と韓国は開催国は初戦負けなしというワールドカップのジンクスのひとつをクリアすることができた。次なるターゲットはもちろん開催国はファーストラウンド敗退なし、である。

もうひとつの東アジアからの参加国である中国は、コスタリカに0−2で敗れた。結局、最もワールドカップの経験の豊富な韓国が勝利を飾り、日本、中国と出場経験の差がそのまま今日の勝敗とリンクした形。開幕戦で初出場のチームが前回優勝国を破るというようなサプライズもワールドカップなら、新参者に課せられるこの厳しさもワールドカップ。

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2トップ熱望論

2002/06/03(月)

西澤のワントップに、1.5列目に森島というのが、明日の先発予想とのこと。普段から同じクラブでプレーする二人のペアプレーは代表に入っても威力を発揮するだけに、二人を一緒に使うのは非常に効果的。一昨年、二人の活躍で優勝まであと1勝に迫ったセレッソ大阪が、西澤の移籍のためにJ2に降格したことからも、このペアの力がうかがえる。一般的な常識から考えても、ポストプレーヤーにシャドーストライカーという組合せは、ベストの選択にも見える。

しかし、ワントップで二人を使うとなると話は別だ。堅守を誇るベルギーだけに、西澤のワントップには余裕をもって対応してくるはず。そうすると森島がいかに豊富な運動量で飛び出しを試みても、どれだけ決定的なチャンスをつくることができるかどうか疑わしい。調整能力が高く、相手のよさを消すことにかけては世界ではトップクラスのベルギーだけにこのセレッソコンビの攻撃は計算済みだろう。中田、小野とワールドクラスのパサーをそろえるとは言っても、少々分が悪そうだ。2トップが左右前後に撹乱し、そのスペースに飛びこんでこそ森島の持ち味が活きるのではないか。

もう一つの懸念は前線からのプレスのかかり具合。守備的にかまえてカウンターというのは格上の相手に対する際の定石だが、後ろに重心が移ったときの日本はなんとも安定感にかける。それに「調整能力の高い」ベルギーのこと、むやみに突っかけてくることもないだろう。前線からのプレッシャーがなく、ベルギーお得意の、日本苦手のロングボールが、と考えるだけでぞっとする。相手を0点に抑えることはかなり難しいと考えれば、いかに強力な相手であろうと2ゴールを奪うことを考えなければ活路は生まれない。

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